「知る」ということが、その物や人や事柄についての知識を得るという意味あいが強いのに対し、「わかる」ということには、そこに、そのことばを使う者の感情が含まれることが多い。
もっとも日常的には、それ程厳密に区別して用いられてはいない。
しかし、保育の場面では、その差を大切にしなければならないことが多い。
たとえばA君が何人兄弟の何番目であるかを知ることはたやすいが、きょうだいの特性、その事実を本人がどのようにとらえ、感じているか、それに対する周囲のかかわり方はどうかなど、兄弟関係が本人にどのような影響を与えているかを理解することこそ保育の現場では大切である。
ただその「わかった」はあくまでも保育者のひとりよがりであってはならない。
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